• スワン・レイク

    <プロローグ>
     オデット姫は侍女たちと美しい湖のほとりで花を摘んでいた。すると突然大きなフクロウの姿をした悪魔が現れて翼を不気味に羽ばたかせたかと思うと、オデットたちはその翼の中に飲み込まれて白鳥に姿を変えられてしまった。美しかった湖の景色も荒れ果てた岩だらけの険しいものとなってしまった。


    <第一幕>
     さて時が移ったある日のこと、お城の前庭ではジークフリート王子の誕生祝いの宴が開かれていた。ジークフリートの友人で道化者のベンノらがお祝いを言いに訪れた村娘を誘い込み、王子の家庭教師までが丸め込まれて泥酔し、ついには村娘に手を出して、逆に娘たちから笑い者にされる始末。

     青春真っ盛りの陽気な乱痴気騒ぎであったが、ジークフリートは陽気に振る舞っているようでいて心の中は憂鬱だった。今日をもってジークフリートは成人となったのである。父王亡き後は母の王妃が摂政としてまつりごとを行ってきたが、これからは自分が王となって国や民に対して責任を負わなければならない。それに王となったのだから早く妃をめとって跡継ぎをつくるようにと言われることだろう。まだ本当の恋をしたことのないジークフリートにとっては王妃の期待はたまらなく憂鬱なものであった。この重圧から逃げ出せるものならどんなにいいだろう。

     そこへ母の王妃が宮廷の侍女たちを連れて現れた。みんな大慌てで酒や村娘たちを隠し、体裁を繕おうとした。しかし王妃の目をごまかすことはできず、王妃の厳しい態度に、村娘たちはこそこそとその場を立ち去った。王妃はジークフリートに誕生祝いの立派な弓を贈った後、「明日の舞踏会に花嫁候補を数人呼んであるので、その中から妃を選ぶように。」と言い渡した。

     王妃が帰った後は村娘の代わりに侍女たちが参加して誕生祝は続けられた。ジークフリートも努めて陽気に振舞おうとしたが、お妃選びを言い渡されたジークフリートの気持ちは沈んでいくばかりだった。

     ふと空を見上げると白鳥の群れが飛んでいる。あんな風に翼があればどこへでも自由に飛んでいけるだろうに…。ジークフリートの目は白鳥たちに惹きつけられた。側には王妃から贈られた弓があった。ジークフリートはまだ続いている誕生祝いを抜け出し、魅入られたかのように弓を手に白鳥を追って駆け出した。


    <第二幕>
     夢中で追いかけるうちにいつしか月夜となっており、ふと気がつくとジークフリートは岩だらけの荒れ果てた湖のほとりに来ていた。上空では大きなフクロウが不気味に翼を広げて警戒していたが、狩に夢中になっているジークフリートは気がつかなかった。湖畔には小さな聖堂の廃墟があり、湖には一群の白鳥が泳いでいた。先頭の白鳥は頭に王冠を頂いていた。ジークフリートはねらいをつけたが、白鳥たちは気配を察して逃げてしまった。しくじったな、と思っていると、聖堂の廃墟が不思議な光に照らされ、そこに王冠を頂いた白鳥が現れたと思うや、一人の美しい娘に変わった。ジークフリートは驚愕し、そしてその美しさに息を呑んだ。

     白鳥の娘は最初自分を射ようとしたジークフリートを怖がったが、彼が誠実にわびるのに心を開き、自分の境遇を話し始めた。
     娘の名はオデット姫。湖のほとりで侍女たちと花を摘んでいる時に突然大きなふくろうの姿をした悪魔が現れてその巨大なマントに包まれたかと思うと、みんな白鳥に姿を変えられてしまった。以来、夕暮れから夜明けまではこの廃墟の側でのみ人間の姿でいられるのだが、それ以外は白鳥になったままなのだ。この悪魔の呪いは今まで誰にも愛を誓ったことのない青年の永遠の愛の誓いによってしか解けないのだと言う。

     すっかりオデットに心を奪われたジークフリートは、「私が永遠の愛を誓ってあなたにかけられた呪いを解いてみせます、明日お城の舞踏会で花嫁を選ぶことになっているので、ぜひ来てください。」と言った。オデットもまたジークフリートに惹かれ始めており、その申し出を受けたいと思ったのだが、人間の姿でいられるのはこの廃墟の側での限られた時間のみなのである。「残念ながらうかがえないのです。」と悲しげに言うオデットに、ジークフリートは、「あなたが来られないのなら、私は決して他の女性を選んだりしません。」と約束した。幸せな愛の想いに満たされたオデットであったが、上空からは大きなフクロウの悪魔が羽ばたく不気味な羽音が聞こえたきた。悪魔は自分たちの話を聞いていたに違いない。不安になったオデットは、「悪魔は策謀を巡せて私たちの仲を引き裂こうとするでしょうから、気をつけてください。」とジークフリートに警戒を促した。

     二人が話しているうちに、湖畔からは次々と白鳥たちが現れ、聖堂の廃墟の側で娘の姿に変わっていった。オデットの侍女たちである。侍女たちも最初は自分たちをねらっていたジークフリートを怖がっていたが、オデットとジークフリートが愛し合っているのを知り、心を開き始めた。そしてせめて人間でいられる時間を楽しく過ごしましょう、とみんなでダンスをした。しかしいつしか夜が明け、大きなフクロウの悪魔が空から降りてきて、娘たちに「行け!」と命令した。すると娘たちは廃墟へ追い込まれ、白鳥に姿を変えられて湖へ消えて行った。別れ際にオデットは自分の羽をジークフリートのために残して行った。

     もはや娘たちの姿はなく、暁の光に照らされた湖には、白鳥が泳いでいるだけだ。夢か現か…ジークフリートはしばらく呆然としていたが、やがてオデットが残して行った羽を拾い上げた。不思議な出来事ではあったが、夢ではなかったのだ。今や憂鬱はすっかり姿を消し、ジークフリートの心はオデットへの愛の想いで満たされた。


    <第三幕>
     翌日、お城の大広間でジークフリート王子のお妃選びのための舞踏会が盛大に催された。ジークフリートは王妃と並んで玉座についた。国中の主だった者は皆招待されており、お妃候補として外国の姫君が幾人か来ていた。お妃候補たちは王妃に請われて可憐なダンスを披露した。みなジークフリートの気を惹こうとして精一杯の愛嬌を振りまいていた。王妃はジークフリートにどの娘が気に入りましたか、と訊いたが、ジークフリートは私はこの中の誰とも結婚しません、とオデットとの約束通りに答えた。王妃は大変がっかりし、ため息をついた。ジークフリートはベンノにオデットの羽を見せ、昨日の不思議な出来事とオデットとの約束を話して聞かせた。

     そこへ新たな来客を告げるファンファーレが高らかに鳴り響いた。ロットバルトという大貴族が娘のオディールと舞踏団を率いて現れたのだ。大貴族のようだが、誰もその名を聞いたことがない。

     ジークフリートは娘のオディールを見て驚き、そして有頂天になった。黒いドレスに身を包んだオディールはオデットにそっくりだったのである。そのオディールはジークフリートを誘うかのように艶やかに微笑みかけてきた。オデットは白鳥の姿のままだから舞踏会には来られないと言っていたが、実はこのオディールはオデットなのではないか。ジークフリートはすっかりオディールに心を奪われ、早くオディールと話をしてみたいと心ははやりたった。

     そんなジークフリートをじらすかのようにロットバルトは連れて来た舞踏団に次々とダンスを踊らせた。スペインの踊り、ナポリの踊り、ハンガリーの踊り(チャルダッシュ)、ポーランドの踊り(マズルカ)、ロシアの踊り(ルースカヤ)。どれも見事なもので、最初は見かけない貴族だ、と怪しく思っていた王妃たちも次第にダンスに釣り込まれて警戒心を解いていった。ジークフリートはそれらのダンスも上の空で視線は絶えずオディールを追っていた。

     ようやく舞踏団のダンスが終わり、やっとジークフリートはオディールと踊ることができた。ジークフリートは大事に持っていたオデットの羽を取り出し、この羽に見覚えはありませんかと訊ねた。オディールはオデットの羽を放り投げて言った。もうこれは必要ありませんわ、私は今こうやってあなたの前にいるのですもの。それよりもっと強く抱きしめてくださらないかしら?ジークフリートを見つめるその目は燃えるように魅惑的だ。ジークフリートの心は陥落してしまった。

     その頃大広間の窓の外では一羽の白鳥が必死で羽ばたいていた。心配したオデットが様子を見に来たのだ。どうか惑わされないで。悪魔の策略にはまらないでください!

     しかし、もはやジークフリートはオディールの他は何も見えなくなっていた。オディールを抱きしめてダンスを踊った後ジークフリートは王妃の所へ行き、私はこの人をお妃として選びたいと告げた。自分が選んできたお妃候補ではないが、とにかくジークフリートが誰かを選んでくれたので、王妃は安堵してジークフリートを祝福した。

     そしてジークフリートはロットバルトの所へ行き、ご令嬢と結婚させてくださいと申し込んだ。ロットバルトはもったいぶって永遠の愛の誓いを求めた。それを見ていたベンノに不吉な思いがよぎり、ジークフリートを止めようとした。しかしのぼせあがっているジークフリートはベンノを押しのけ、求められるままにひざまづいてオディールの手に自分の手を重ねて永遠の愛を誓った。

     すると明るく華やかだった大広間は一転して真っ暗になった。外では稲妻が走り、雷鳴がとどろいた。窓の外には嵐の中で必死で羽ばたく白鳥の姿が見えた。ここに至ってジークフリートはようやく気がついた。ロットバルトはあの大きなフクロウの姿をした悪魔、そしてオディールはオデットではなく悪魔の娘だったのだ。ジークフリートは悪魔の策略にまんまとはまってしまったのである。呆然とするジークフリートにロットバルトとオディールの高笑いが聞こえた。そしてロットバルトはその翼のようなマントで不気味な嵐を巻き起こし、オディールとともに去って行った。

     大広間は大混乱になった。王妃はうちひしがれる息子を抱きしめて嘆いた。しかしジークフリートは居ても立ってもいられなかった。心配するベンノを振り切り、ジークフリートはオデットの元へと駆け出した。


    <第四幕>
     湖のほとりでは白鳥の娘たちがオデットの帰りを待っていた。ジークフリートは悪魔の誘惑に打ち勝ってオデットへの愛を守り抜けるだろうか。心落ち着かない娘たちは努めて陽気にダンスを踊って気を紛らわそうとしていた。
     そこへオデットが帰って来た。廃墟に近くで娘の姿に戻ったオデットの髪は乱れ、顔は悲しみに満ちていた。オデットはジークフリートが悪魔の策略にはまって自分を裏切り、これで自分たちが人間の姿に戻る望みはなくなったことを娘たちに告げた。何て男…娘たちも絶望的な気持ちになったが、気を取り直してオデットにあの人のことは忘れましょう、と言って慰めた。

     そこへジークフリートが駆け込んで来た。娘たちはオデットをに隠れるように言い、オデットを探すジークフリートを冷たくあしらい邪魔をした。しかしすっかり打ちひしがれたジークフリートの姿を見たオデットはたまらず駆け寄り、ジークフリートはその足元に身を投げ出して許しを乞うた。娘たちはそんな人にはかまわないであちらへ行きましょうと言って去って行ったが、オデットは立ち去ることができなかった。たとえ誤って自分を裏切ってしまったとはいえ、もはやオデットは深くジークフリートを愛するようになっていたのである。過ちを許したオデットは別れの時が近づいてきたのを知りながら、愛を歌いあげるかのようにジークフリートと優美なダンスを踊り続けた。

     やがて夜明けが近づき、大きなフクロウの姿をした悪魔が現れ、上空を旋回しながら娘たちを廃墟に追いやり白鳥に変えてしまった。そして悪魔は、「お前はオディールとの約束を守らなければならない。」と言ってジークフリートを追い払い、オデットを聖堂の廃墟に追いやって白鳥の姿に変えてしまった。

     愛するオデットとの最後の時を引き裂かれたジークフリートは、思わず悪魔に戦いを挑んだ。しかし悪魔はあざ笑うかのように不気味に翼を羽ばたかせて嵐を起こした。たちまち湖は洪水となり、岸に押し寄せてジークフリートを飲み込んだ。沈み行くジークフリートの目に悲しげに羽ばたくオデットの姿が映った。

     そうだ、何としてもオデットを助けたい。ジークフリートの中に今まで経験したことがないような力強いものが湧き上がって来た。そして飲み込もうと押し寄せる波に抗い、力の限り泳いだ。岸ではずっとオデットがジークフリートを力づけるように羽ばたき続けていた。そうして抗い続けるうちに波は段々と弱くなり、ついにジークフリートは岸へ辿りついた。岸では悪魔が待ち受けていたが、悪魔の足元は乱れ始めていた。お互いを思いやるジークフリートとオデットの愛がじわじわと悪魔の力を奪っていたのである。ジークフリートは悪魔の羽をとらえ、むしりとった。悪魔は苦しげにのたうち回り、やがて滅びて行った。


    <エピローグ>
     悪魔の姿が消えてなくなると、不思議な光が辺りを包み込んだ。やがて岩だらけの荒れ果てた光景は姿を消し、湖畔に花が咲き乱れる美しい景色が姿を現した。そして岸には美しい姫君に戻ったオデットが立っていた。悪魔の呪いから解き放たれたばかりのオデットは不思議そうに自分を見回していたが、やがてまちわびていた時が訪れたことに気がついた。そして試練に会いながらも、愛を貫こうと果敢に悪魔と戦って呪いを解いてくれたジークフリートの腕の中に飛び込んだ。二人は固く抱き合った。二人の回りには侍女の姿に戻った娘たちもやって来た。そしてジークフリートとオデットはみんなに祝福されながら再び永遠の愛を誓い合った